2016年10月30日日曜日

いつもの眼科

10月が来て、思いきりおれの両頬をぶちのめしながら、残りの2日がなぜだか長い。
早く行ってしまえばいい。
目を瞑って傷を作りながら過ごすつもりだった2月は、きちんと地に足を着けて立っていられた。
今日も海が見えている。
ぼんやりとした稜線。

いつもの眼科はいつものように混雑していた。
ここの眼科にはべらぼうに早口の医師がいる。
さくさくとビスケットを割るように検診していくのがおもしろい。
おれの眼球は気球のような絵を見させられ、しゅっと風を吹きつけられ、不格好な形の検査用の眼鏡(レンズをかちゃかちゃと入れ替えられる)を通して少し向こうの記号を判別させられる。
問診票へ書き込む自分の氏名と年齢に戸惑いながら、何年もこうして眼科へ来ている。

待合室で、隣に、何歳くらいだろう、小さな女の子がたどたどしく絵本のかな文字を読み上げている。
母親の目から溢れ出てる優しさに、よくまあ窒息しないことだ。
光に溶けるようにか細い髪の毛。

サンタ、クロースの、りぼ、ん。
オーロラ、い、ろの。

(オーロラいろは何いろ?)
(それはね、ほら、こんな風に色々に光っている色だよ)
(これ?)
(この空の色の全部でオーロラ色っていうんだよ)
(ふうん)

眼科に窓はなく、大きなモニタには動物たちのドキュメンタリーが流されている。
肉食獣が獲物を捕らえる瞬間の、スーパースローモーションの映像。
チーターに狙われた鹿のような動物は、逃げて逃げて、足がもつれたのか弾むように転倒し、それでもまだ逃げて、そこから2歩目でもう一度転んで、喉元へ噛みつかれた。

2016年10月3日月曜日

そんなに喋らなくたって

聞いてる方は勿論、話してる方もうんざりしてるんだけど、かといって他に話すこともないので、お互いにうんざりしながらもついつい賞味期限の切れた話題をだらだらと喋ってしまうということがよくある。
かく言うおれもよくやってしまう。

そんな時、本当はどうするべきなのかということくらいはおれにもわかってて、それは無駄な抵抗は一切あきらめてしまって黙り込むということなのだが、わかっていても実践に移すことはなかなか難しいものだ。
黙り込んだ後になかなか次の話題が提供されないでいると何となく居心地の悪さを感じてしまって、結局はまた前の話をループさせてしまう。

昔、ある人と喋っていて、やっぱり同じように何となく会話が停滞してしまったことがしばしばあった。
そんな時にその人がいつも言ってたことだけど、会話が途中で途切れてしまうことをどこかの国では「天使が通る」と言うらしい。
天使が間を通ってるから喋れなくなってしまうのだとか何とか、そんな説明をしてた。
そんな話を聞くと沈黙も何となく心地良く、またどちらともなく話が始められるまでの時間をのんびり過ごすことができた。
たとえ今日話しそびれたことがあっても明日また話せばいいし、明日には話すことを忘れてしまったとしてもそのうちまたいつか思い出すだろうという感じだった。
それはその人の持っている雰囲気によるところが大きくて、おれもああいう喋りができるようになれればいいなあと思っていたけど、よく考えてみればおれは天使がどうこう言うようなキャラではないし、ああいう空気は持って生まれたものだから真似をしても仕方ない。

そんなわけで、やはりおれは「気まずい沈黙に耐えていくか」「くだらない話を空転させていくか」という2択を選ばざるを得ないわけで、そして大抵は後者の誘惑に屈してしまう。

2016年10月1日土曜日

おい磯野、野球しようぜ

おれはあまり性格の良い子供ではなかったから、小学校の卒業文集で「将来の夢はプロ野球選手です」などと宣言してしまうような級友たちのことを、腹の底では馬鹿にしていた。
こんな田舎の少年野球チームのレギュラーにさえなれないのに、どうしてプロ野球選手になりたいなんて言うことができるのか、不思議で仕方なかった。
歳をとってあの頃を振り返ってみれば、本当に馬鹿だったのは誰なのかがよくわかる。

おれはその時、自分の夢を隠した。
何を言ったのかも覚えてないが、とにかく本当になりたいものは言わなかった。
本当の夢を口にしたところで、誰にも理解してもらえやしないと思っていたのかもしれない。
それはもしかするとある面では事実だったかもしれないが、仮にそうだとしても、やはり間違っていたのはおれの方だった。

嘘つきの才能がないのに自分を偽ってばかりいると、やがて演じていたはずの自分が本性にすり替わってしまう。
というよりも、演じる自分以外の自分なんて、元からどこにも存在しないのだ。
嘘のつもりで話した言葉は、例外なく真実になる。
だからおれは、他人から見てそれがどんなに馬鹿馬鹿しく滑稽だったとしても、やはり堂々とプロ野球選手になりたいと言うべきだった。
いや、別にプロ野球選手になりたかったわけではないんだけど。