2016年6月19日日曜日

猫が挨拶回りに来る

ほとんどのストレスの原因とは人間関係であると思う。
それで人が自殺したり殺し合ったりする。
もう人間関係をやめればいいと思う。
もしくは新しい人間関係の築き方を模索してもいい。
 
人間関係の維持を努めようとしなくても、人は孤独になったりはしないものだと最近気付いた。
結局のところ、人間の大きな恐れの中に「孤立する恐怖」というものがある。
自ら塞げば孤独にはなるだろうし、閉じれば他者と共有はできないだろう。
だがそれは、あなたが他者に遠慮して気を遣いストレスを溜め生きることとあなたが人間関係に重きを置かずに自分らしく生きることとは関係ない。
人は、あなたがあきらめていることについて応援できない。
人はいじけてもいいし、すねてもいいし、恐れてもいい。
君の自由だ。

近所のコンビニに行く。
700円以上の買い物でくじが引けるのは、恐らく客単価が670円くらいだからである。
700円買えばくじが引けるというのはひとつの煽りである。
それはコンビニの勝手な都合である。
当たりが欲しいわけではない。
おれはこんなくじは別にいらない。
くじを引く度におれは5秒間コンビニに時間を取られている。
くじを引けるから得をしているわけではない。
おれはお得なキャンペーンのポイントカードもいらない。

食べ放題で元が取れた、得をした、損をした。
これはもうほとんど病気のようにおれには見える。
元とは何だ?
君の存在の根源だろうか?
宇宙の起源たるビッグバンのことだろうか?
 
ただ不機嫌に「くじ?いらねえ」などと言うとバイトの女の子などは悲しむだろう。
たかだかコンビニに買い物に行くだけでおれは様々な葛藤と対決する。
誰にも得になっていないことを、以前から続けていたという理由でみんなが続けるのが嫌なのだ。

何事も「今なぜそうしているのか?」と問えば、基本的には「今までそうしてきたから」というのが実のところ大きな答えになってはいないだろうか。
しかし、何か大きな変化が起きないかとみんな期待している。
その矛盾を、現実逃避しながらインスタントに解決できる策がある。
芸能人や政治家たちを安全な場所から非難することだ。
あるいはクラスで冴えない奴をいじめることだ。

時にはテロもあるだろう。
戦争も起こり得るだろう。
みんなが涙を流して平和を誓う。 
有名人の死をSNSで追悼する。
そしてまた同じことを繰り返すか、あるいはもっと臆病になる。

君が悪なら悪でそれでいい。
悪も存在するからだ。
ただおれが嫌なのは、同じ過ちを繰り返すことなのだ。