いじめ。
学級崩壊。
人類が21世紀を迎えてもう15年以上も経つというのに、教育現場ではおれの子供時代と何ら変わることのない問題が繰り返され続ける。
この辺りの問題は、単に教育問題というよりも人類全体がずっと抱えてきた病気みたいなものだから、さすがに一発で解決する方策を見つけるのは難しいだろう。
ただ、少なくとも日本の学校教育においては、これらの諸問題を軽減する方法はなくはないはずだ。
それは子供たちに、ひとりぼっちでいることを許してあげることだ。
子供の頃のおれにとって学校を嫌いになる理由なんて無数にあったけど、その中でも最も大きなもののひとつは、学校の中では孤独が禁止されているということだった。
構造として、制度として、学校はそういう風に作られている。
学校の中でひとりぼっちでいると本当に惨めで淋しい思いをすることになる。
大人になってからわかったことだが、その時感じた感情はおれの本当の気持ちではなかった。
ひとりがつらいという気持ちは、学校というシステムがおれにそう感じさせていることでしかなかったのだ。
ひとりで本を読む。
ひとりで音楽を聴く。
ひとりで街を歩く。
実際にやってみると、全然淋しいことなんかじゃない。
全然惨めなことなんかじゃない。
学校の中にいると、そういった当然のこともわからなくなってしまう。
ひとりでいることがまるでとんでもない罪であるかのように感じられるようになってしまう。
子供はみんなそれを恐れる。
嫌いな人間と友達のふりをしたりしなければいけなくなる。
嫌いな人間と友達でいるために共通の敵をでっち上げなければならなくなったりもする。
そういった処世術は大人の専売特許のような気がするが、実は子供の方がそれをより強く要求されていると思う。
まあ大人にだって同じようなことはいくらでもあるが、それでも大人は他人と他人のまま付き合うことが許されているのだから楽なものだ。
子供時代には他人という関係性が乏しすぎる。
これも大人になってから学んだことだった。
友達を作らなくてもいい、ひとりでもいい。
そんな言葉があるだけで救われる子供がきっといる。
それは多分、少ない数ではないと思う。
何かの拍子で、休み時間をずっと水飲み場で過ごしているような中学生がこのブログを見つけてしまうかもしれないからとりあえず言っておこうと思う。
学校なんて本当に奇妙で特殊な空間でしかないよ。
おかしな論理が平然とまかり通っている。
教師なんてみんな馬鹿だと思って構わない。
勿論このおれのことも、救い難い馬鹿野郎だと思ってくれて構わない。
10年くらい経つと、本当に馬鹿だった教師と、本当は馬鹿じゃなかった教師の区別がつくようになるはずだから。
果たしておれはどちらなのか?
この文章は信用してもいいものだろうか?
10年後の君には、きっとわかっているはずだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿