勿論、自分も含めての話なのだが、幼少期から青年期辺りの経験で、とんでもない理不尽だとか制裁の意味での暴力なんかを頻繁に受けて育った人間って、今考えるとそういうことをやっていた人の意図を理解できない部分がないわけでもないが、やっぱり当時は物凄く不快だったし、恐怖もあったし、とにかく嫌だなと思っていたし、自分はそういう人間にはなるまいと考えたりする人は多いと思う。
多分そういうことって、世代的に昭和の最後の世代くらいまでなのかなと想像したところで、自分たちの世代がみんなそんな考えになっていたとしたら、自分たちの下の世代が理不尽や暴力に晒されず生きていくことになって、そういった行為に嫌悪感を抱く機会も得ずに、その下の世代に対して理不尽や暴力を発信していくことになったら、なんか凄い嫌だなと思った。
実は世の中、そういったことを一世代おきに繰り返しているのです!と力説されたら何だか信じてしまいそうな気がする。
しかしまあ、自分たちの世代なんかは理不尽や暴力を反面教師にしようとしてるんじゃないかなあとぼんやり考えていたのだけど、自分たちの上の世代にもそういう感覚の人はたくさんいただろうし、それでも自分たちの一個上の世代が理不尽に感じるということは、最近の若者はなっとらん!というのが永遠になくならないのと同じようなことなのかもしれない。
それで、自分が一生懸命理不尽にならないようにしていても、相手には理不尽だと思われてるのかもしれない。
しかしまあ、世の中の最大の理不尽と暴力は戦争だと思っているので、戦争から遠ざかっていくと理不尽とか暴力は減っていくのかもしれない。
それだったら、年月が経つほどそういうのは薄くなっていくのかもしれない。
あと、世の中の人が大体話せばわかる人だったらもっと平和になるのかもしれないし、そうでもないかもしれない。
0 件のコメント:
コメントを投稿